この項(こう)では「産まない選択」についてお伝えします。産み育てる自信がないときはひとりで抱え込まず、産婦人科や地域の保健所、「妊娠SOS」などに相談してください。

木村正先生
木村正先生
大阪大学大学院 医学系研究科産科学婦人科学教室 教授

産まない選択−「中絶(ちゅうぜつ)」という選択肢(せんたくし)について

生理が遅(おく)れて、「妊娠したかもしれない」と思ったら、たとえ産み育てる自信が持てなくても、まず産婦人科に行ってください。早く妊娠の診断(しんだん)をしておかないとあなたがこれからのことを考えることができません。日本では妊娠21週6日までであれば、母体保護法(ぼたいほごほう)という法律の要件(ようけん)を満(み)たせばその妊娠をやめることができます。これを人工妊娠中絶(じんこうにんしんちゅうぜつ)といいます。その要件(ようけん)は次のふたつです。

1.妊娠の継続または分娩(ぶんべん)が、身体的または経済的理由により、母体の健康を著(いちじる)しく害(がい)するおそれのあるもの

2.暴行もしくは脅迫(きょうはく)によって、または抵抗(ていこう)若(も)しくは拒絶(きょぜつ)できない間に、姦淫(かんいん)されて妊娠したもの

中絶(ちゅうぜつ)に際しては、結婚しているか結婚の意思を持って生活を共にしている(同棲(どうせい)している)場合には、本人と配偶者(パートナー)の同意が必要です。しかし、パートナーがわからない場合などは、本人の同意だけで中絶(ちゅうぜつ)ができます。未成年の場合は、親とも相談するようにすすめることが多いです。日本では年間19万件程度の中絶(ちゅうぜつ)があり、そのほとんどは1の理由によるものです。世界では、本人の同意だけで中絶(ちゅうぜつ)ができる国から法律で禁(きん)じている国までさまざまですが、中絶(ちゅうぜつ)が可能な国での出産に対する比率は2割前後といわれていて、今の日本で中絶(ちゅうぜつ)が特別多いわけではありません。

中絶(ちゅうぜつ)は妊娠11週6日以内(初期)に行うものと、12週以降(中期)では方法や手続きが大きく異なります。妊娠初期では前日か当日朝に子宮の入口を柔らかくする器具を入れて数時間〜一晩後に麻酔(ますい)をかけて、眠っている間に子宮内の胎児(たいじ)・胎盤(たいばん)を出します。多くは日帰り手術ですが、持病(じびょう)があると入院してもらう施設(しせつ)もあります。妊娠中期になると、入院して子宮の入口を柔(やわ)らかくする器具を入れることを1〜2回行った後、人工的に陣痛(じんつう)を起こしてお産(さん)をすることが多いです。自費診療(じひしんりょう)になり、初期で10万〜20万円程度ですが、中期では30万〜50万円程度と分娩(ぶんべん)と変わらなくなります。中期の場合は死産証明書(しざんしょうめいしょ)を役所(やくしょ)に出して胎児(たいじ)を火葬(かそう)する必要があり、その費用もかかります。いずれの場合にも初診料(しょしんりょう)や血液検査の費用1万〜2万円もかかります。中絶(ちゅうぜつ)手術では子宮の壁(かべ)を傷(きず)つけたり、子宮や卵管(らんかん)に炎症(えんしょう)を起こしたり、あるいは出血が長く続いたり、麻酔(ますい)中に息が止まって人工呼吸が必要になる、といったリスクがあります。炎症(えんしょう)が起こったらきちんと治療しないとあとで不妊(ふにん)の原因になることもあります。お医者さんはこのようなことが起こらないように注意して検査(けんさ)や手術をし、その1週間後には問題がないかどうか確認します。日本ではほとんどの中絶(ちゅうぜつ)は安全に行われ、中絶(ちゅうぜつ)しても、そのあとの人生のどこかで子どもを産んで幸せに育てることができています。

自分で抱え込まず、初期のうちに相談を

「産むことに自信がない」「産むことができない」と思って中絶(ちゅうぜつ)をする、という決断は女性にとってとても悲しいことです。でも、産み育てる力がないカップルが無理をして、あるいは何も考えずに産んで、その後で育児放棄(いくじほうき)、虐待(ぎゃくたい)などがおきてしまうと、親も子も結果的に深く傷(きず)ついてしまいます。私は「中絶(ちゅうぜつ)」という選択肢(せんたくし)はそういう不幸な事態(じたい)をつくらないための世の中の安全弁(あんぜんべん)として必要だと思っています。もし決めるのであれば、女性に負担(ふたん)が少ない初期のうちに決めてほしいと思います。

一番大事なのはパートナーとよく話をすることです。あなたのことを大事に思っている友達や親ごさん、産婦人科のお医者さんに相談するのもいいでしょう。インターネットで「妊娠SOS」や「思春期 相談 妊娠」で検索すると、自治体の支援(しえん)窓口や電話相談窓口が見つかります。ネットには、ウソや偏見(へんけん)に満(み)ちたサイトも多いのですが、信頼(しんらい)できる情報を見つけてほしいです。

中絶(ちゅうぜつ)すると決めたら同じことを繰(く)り返さないよう、真剣(しんけん)に考えることが大事です。腟外射精(ちつがいしゃせい)は避妊法(ひにんほう)ではありません。コンドームも使い慣(な)れていないカップルでは失敗率(しっぱいりつ)が高い(年間14%)といわれています。ピルが確実な方法です(月約3000円)。海外では中絶(ちゅうぜつ)の後すぐに、5年間有効な避妊(ひにん)リングを入れるプロジェクトが進んでいます。費用(ひよう)は約10万円と高額ですが、月当たりにすると1667円と、ピルの半額です。黄体(おうたい)ホルモンを少しずつ放出するので経血量(けいけつりょう)が減り生理もラクになります。次に妊娠するときには「やった!」と喜べるように、よくふたりで考えてください。

中絶(ちゅうぜつ)できる時期を過ぎてしまったら、もう産むしかありませんが、絶対に自分ひとりで産もうとしないでください。ひとりで産むことはあなたの命に関わるトラブルを招(まね)き、あなたが赤ちゃんを殺してしまう、犯罪者(はんざいしゃ)になってしまうおそれすら出てきます。お金がなくても公(おおやけ)の補助(ほじょ)でお産はできます。育てられないのであれば、養子縁組(ようしえんぐみ)をする、乳児院(にゅうじいん)で育ててもらうなど、いろいろな方法があります。自分だけで抱(かか)えこまず、女性健康支援(しえん)センターや市役所などで相談してください。

For Men

気持ちに寄り添うのはパートナーの努め

中絶(ちゅうぜつ)による体の傷(きず)がなるべく起こらないように安全に処置(しょち)をするのは、我々産婦人科医の努(つと)めです。中絶(ちゅうぜつ)による心の傷(きず)をなるべく軽くするように寄り添うのは、パートナーの努(つと)めです。決断(けつだん)するとき、経済的なこと、その後の気持ちの問題、そして避妊(ひにん)の問題にあなたが深く関わることで、次の人生が開けます。逃(に)げてはいけません。